仙台ネイティブのつぶやき(96)ハサミとのりで読む

西大立目祥子

1日の終わりに、新聞を広げて残しておいた方がいいなと思う記事を切り取る。そして、大きなクリアファイルにざっくりと決めたテーマごと、はさみこんでおく。これは主に仕事用。そのほかに、小さくてどこかに飛んでしまいそうな記事を、A5判くらいのノートに貼り付ける。このノートはマルマンの正方形のクロッキーブックで、紙はクリーム色、のりはトンボの消え色スティックのり。

小さな方は、シベリアの永久凍土から1万年前のライオンの子どもが見つかったとか、動物園でサイの赤ちゃんが生まれたとか、回転寿司は人生そのものだという投書だとか…私以外の人が見ても何の意味もないようなたわいもない雑多で細々したもの。でも、わざわざ切り取ったのは気持ちが動かされたからで、兄弟なのか凍土層から折り重なるように見つかったライオンは推定で生後一ヶ月だったという記事に、突然命を落としたのはなぜだったのか、はるか昔の寒々しい森でじゃれあう2匹を想像せずにはいられないからだし、小ちゃなサイがお母さんを見上げながらそっくりの格好で走る姿は生きるよろこぶにあふれているからだ。逃した寿司皿を一巡してめぐってきたときにゲットする達成感や、先に誰かに取られてしまった絶望感を記す投書は何度読んでもクククと笑えて、煮詰まった頭に風をとおしてくれるようだ。

イラストやカットも貼る。投稿の写真も貼る。選び取ったのは小さなひらひらした新聞紙の破片に過ぎないのだが、貼り付けると細切れの紙が固定化されてつながって、記事がたまった先には、親しみに満ちたじぶんの世界ができ上がっていくような気がする。

そもそもハサミやカッターで新聞紙を切り抜き、のりを付けて紙に貼るという行為が好きなのだと思う。振り返ってみると、スクラップ初体験は9歳のころ。新聞に連載されたサザエさんの4コマ漫画をノートに貼り付けたのが最初だ。じぶんで思いついたのか周りの大人がアドバイスしてくれたのかわからないけれど、無地の白いノート1ページに2日分を貼り、子どもながらにそれだけではつまらないと感じたのかマンガのまわりをクレヨンのカラフルで素朴な罫線で囲んだ。チューブ入りのヤマト糊を使い、ノートはたしか近所の店でもらった景品。デカデカと商品名が書かれた表紙がいやで、カバーでおおいクレヨンで「サザエさんマンガ①」とタイトルを書いた。これで1冊でき上がり。大人の読む新聞からマンガ本ができあがっていくおもしろさを感じたからか、本棚には5冊か6冊たまり、ときどき取り出しては読んでいた。

それからずっとスクラップ道を歩んできたというわけではないが、つくりたいと思った料理のレシピはけっこう長いこと貼り付けている。まぁ、つくったのは1割に満たないけど。でも好みの料理の輪郭は見えてくる。これが料理か?と思えるくらいのシンプルなやつ。豆腐をくずして炒めるだけとか、カボチャの煮物とか、でもそこにスパイスを効かせると別物になる。豆腐はごま油で炒めカボチャは八角と煮るという具合に。どちらもウー・ウェンさんのレシピだ。

スクラップが再燃したのは、一昨年、多和田葉子さんの新聞連載小説が始まったときである。予告でタイトルが『白鶴亮翅(はっかくりょうし)』と知って胸が高鳴った。太極拳をやっている人ならすぐにわかる、右足に体重を乗せ、左の手のひらを地に向け、右手を鶴の翼のように高々と上げるあの型。ちょうど私は太極拳5年目で、だれもがマスターする24式という太極拳がひと通り身についたころだった。

始まってみると、小説はベルリンを舞台にした太極拳サークルの人々の話であり、溝上畿久子さんという人の挿画も版画のようなタッチで反古にするのは惜しい気がして、スクラップを思い立った。でも、横長の記事を貼るような大きなスクラップブックにはしたくない。
作者には悪いけれど、印象に残った文章を数か所切り取り、挿画と合わせていつもの正方形の小さなノートに貼ることにした。

40回目を数えるあたりから、ノートにただ新聞を貼るだけでは物足りない気がしてきて、新聞紙のカラー刷りの部分を手でちぎったり、ハサミで切り取ったりしてコラージュ風に張り込んでみた。考えてみればサザエさんのマンガを色とりどりのクレヨンの線で囲んだのと同じ発想だけれど、色紙を貼るとただのスクラップの紙面が作品にも見えてくる。

60回を数えるあたりからはだんだんノッてきて、朝新聞を広げると、まず小説を読み挿画をチェックし、さてどの紙面のどのカラー印刷部分をどんなふうに活かそうかと考える頭になってしまった。太極拳サークルのチェン先生は長春生まれのかわいい人で、玉ねぎのようなてっぺんがとがったヘアスタイルで登場する。その挿画のわきにはローズピンク色の紙面を玉ねぎ型に切り抜いて貼った。なかなかによい。ヒロインが隣人と第二次世界大戦の死者の話をした日は、薄緑色の中から光が漏れているような模様の紙面を割くように切って貼った。緑色は救いの色のよう。サークル仲間の女性が赤いセーターで描かれた日には、新聞をめくって赤い部分を探し出し丸く大きく切り抜き貼った。これは友情の証のつもり。

毎日やり続けていると、つぎつぎいろんなアイデアが湧いてきて、シニア向け広告のブラウスの柄を幽霊の話に使うとか、きれいな青空を細い羽のように切って「一羽の鶴のように人間の愚かな争いを空から見て」という文と挿画の上に重ね張りするとか、ますますおもしろくなっていく。通販のお菓子や牛肉、魚介の広告のアップの写真なんかも、ヨーロッパの複雑な民族の話や深いグリム童話を思わせる森の奥のお菓子屋の話に陰影を与えてくれて、かなり役に立つのだった。

ところで、チェン先生の太極拳の教えは、私の先生とまるで同じだった。太極拳は踊りではありません、武術なのです。おへそを上に向けるように立って。腕だけを使うのではありません、足の力を全身に引き上げるように使って…。そして、休んでも大丈夫です。繰り返し何年も練習しますから、というところまで。もちろん、チェン先生の太極拳の説明も切り抜いて貼っておいた。スクラップは太極拳指南書にもなったわけである。

だが、170回目をこえたところで、スクラップは止まってしまった。2年前の7月末、母がコロナに感染し介護していた私もやられ、母の住まいで半月の隔離生活を余儀なくされたためである。疲れ切って自宅に戻ると、家人が「楽しみにしていた連載小説は終わったよ。新聞はとっておいたから」というではないか。見るとテーブルの上には新聞紙がうず高く積み上げられている。なんだかまるでシューっと音をたてるみたいに、小説、挿画とのコラボスクラップ熱はしぼんでしまったのだった。

とりあえず切り抜きして終わりまで読んではいたのだか、クリップの束のまま2年。本棚の隅にしおれたようになっていた切り抜きが不憫に思え、この6月にわかに再開した。177回目より、一日一話ずつ188話まで。2年のブランクは大きく、アイデアは何にも沸かずいまいち冴えない紙面の仕上がりである。

それでも187話には力を入れて、新聞紙とにらめっこしきれいなブルーを探した。『罪と罰』に登場する金貸し老婆と同じアリョーナという名の太極拳仲間が、資産目当ての若い恋人に後ろから火かき棒を振り下ろされそうになる場面。アリョーナの身体は無意識のうちにすばやく動いて白鶴亮翅の技を繰り出し、大きな羽のように広げた腕で若い男を振り飛ばすのだ。鳥の翼の形に切った青い紙を挿画を取り囲むように2枚貼った。

白鶴亮翅で後ろからの攻撃をかわすとは。練習を重ねていけば、いつかそんなふうになれるんだろうか。スクラップはようやく完成し、丸々2冊ができあがった。こんなふうに手を動かしながら小説を読んだのは初めてだ。しかもチェン先生の教えも生きている。うれしいことがもう一つあった。スクラップが完成したあとの太極拳の練習で、初めて先生によくなってきたよ、とほめられた。