オノマトペからザーウミへ

高橋悠治

1972年に小杉武久に委嘱した Piano-Wave-Mix は どんな演奏をしたか忘れてしまった ピアノを弾いている写真があり そばに座っているのが小杉だろうか だれかわからない 楽譜(というか 演奏指示書) も長いこと行方不明になっていた 2009年にそのかわりに ver.2として書かれた新しい曲は 電子ピアノで既成の曲を弾き それを電子的に変調する 同時に声は Wave Code として 演奏者が選んだ 26種類のオノマトペを変化させる

今年の夏 初版の楽譜がおもいがけなく見つかった Wave Code は a からzまでのアルファベット26文字ではじまるオノマトペで Piano Code はピアノの88音を26の枠内に 重複しないように0音から13音までの音の音名と音域にランダムに配分し それらを単音・和音・フレーズのどれかのかたちに変えて弾く  Piano Code はどうやって枠内に音を分配したのかわからないが 音数の多い枠は 無調的な響きではなく それぞれにちがう色があるようだった 演奏がどのくらい 小杉の思い描いていたような空間や時間になっていたのか わからない

昨年亡くなった小杉を追悼するコンサートが9月にEgg Farm であった そこで Piano-Wave-Mix の初版を再演し for Kosugi というピアノ曲を作って弾いた Wave Code のオノマトペをピアノの上の手のうごきに変え 時々は小杉の「54音の点在」を思い出しながら 小さな音があちこちで鳴るような瞬間を入れた

オノマトペには それぞれの手ざわりがある 意味や論理では決められないが 子音や母音のちがいから 明るさやひらき うごきかたが感じられる エレーナ・パンチェワの日本語のオノマトペについての研究論文「日本語の擬声語・擬態語における形態と意味の相関について」(千葉大学、2006) や 隈研吾の「オノマトペ建築」(2015)もある 

ひとつの状態をオノマトペで声にする身体はそこにとどまらず 印象のなかから外へ出る いくつかのオノマトペをゆききしながら 逸れていき 名のない空間がひろがってくれば そこで自由にうごきまわれるだろうか

フレーブニコフの「ザンゲジ」のなかのザーウミ(意味を超えたことば)をとりだして 鳥のことば 神々のことばだけでなく 星のことばも作曲してみようと計画していて 日本語のオノマトペとはまたちがう音の空間 別な歌の調べがあるのかもしれない

プロセスの音楽を作り演奏するのは それ自体が先の見えないプロセスで それとともに変化する身体になっていくだろう