影の輪郭

高橋悠治

指を伸ばして触れた感じ。指がすべって先へ行く。先は見えない。手は動いて、向きが変わっているかもしれない。手首から先のどこかへ伸びてゆく、指先の触れたところの冷えた手触りが、たちまち慣れた滑らかさに消されていくうちに、古い鏡が曇りながら描き出す地図は、鉛筆を持った手を、眼で追いながら紙の上を辿る物の輪郭とはちがう。眼を向けないで、頭の内側で膨れ上がっていく形のない動きの蝋の積もる滴り。

物音が一瞬途切れた時、耳の奥で張りつめる蝉の声。一度気がつくと、物音のざわめきの裏にその唸りが張り付いているばかりか、首から肩へ、左右の空気に滲み出し、細波を立てて囲みかかってくる。

物の縁を光らせる輝きの線ではなく、縁の外側にある見えない空気の側からぼんやり霞んでいる、何もない空間の縁取り。音が始まる前、また途絶えた後の、聞こえない窪みに薄く辿る北の木魂。

直接考え、書き表し描き出せない、言葉を連ね論理の鎖で示せない、一つのイメージ、ひとこと、響きの崩れで、それではないところに心を向けることが、できるのか、届かず落ちる弾みが、消える姿でそこにあるはずのない輪郭を顕すのか。そこには、「なぜ」もなく、「どのように」もありようのない、1音の次の1音、というより、一手の次の一手、どこへとも知れず彷徨う手の偶然の出会いを待つしかないように思われる。ただし、音もそれを運ぶ手、聞き取る耳も、静まり、細い小径を乱さないでいられるならば…