製本かい摘みましては(168)

四釜裕子

絶賛老眼進行中で、紙の本や辞書を見ながらモニターで作業するのがいよいよつらくなってきた。めがねの上げ下ろしをするのにカチューシャみたいにしてしまうと下げるときに髪の毛がばっさばさになって邪魔だし、ならばとおでこにめがねを止めるが、ああこれ、所ジョージだ、と思う。長く参照するときはもう迷わずスマホで撮ってモニターに大写しにして見ているし、引用する場合はまずはGoogleレンズでテキストをコピペしてしまう。ということをするようになって、今度は片手で本をおさえながらスマホ操作するのが大変になってきた。本をぺたっと開くことに抵抗はないが、左右に重石をのせても本がじっとしていないこともある。それでふと思い出した。数年前にネットで見た、”アクリルの本”。

”アクリルの本”というのは商品名でもなんでもなくて、ただ自分の記憶にある”それ”の呼び名だ。こんなんで探せるかなと思ったら探せた。「BOOK on BOOK」という。TENTさんという会社が作っていて、2013年ころになるのだろうか。〈BOOK on BOOK は、好きな本の好きなページを開いたままにするために作られた、アクリル製の透明な本です。使い方はシンプル、お手元にある本のお気に入りのページを開き、その上に BOOK on BOOK をのせるだけ〉。

当時、おもしろいなとは思ったけれど、 想定されたシチュエーションが〈写真集やアートブックを開いてインテリアに飾ったり〉や〈お茶とお菓子を楽しみながら読書したり外に持ち出して景色を読んだり〉とあったりしてぴんとこなかった。今改めてサイトを見ると、開発のそもそもから、試作、完成にいたる経緯が簡単に記されている。ごはんを食べているときも本を読みたいと思ったTENTの青木さんという方が、ならば開いた本の上に透明の板をのせればいいんじゃないか、まん中はくぼばせたほうがいいだろう、それならいっそ本のかたちにすればいいんじゃないかということで、まずは3Dプリンター+紙やすり研磨で試作したこと。周囲の好評を得て、量産へと舵をきったこと。最初はシリコン型を作ってエボキシ樹脂で試みるも失敗、その後さまざまな試行錯誤をへて、そしてようやくたどり着いたのがアクリル製だったそうだ。おお……。

ということで、買ってみた。幅21センチ、横18.5センチ。文庫本を開いた上にのせると左右がぴったりという感じ。5ミリ厚くらいの1枚のアクリル板を、1枚1枚手作業で成形しているそうだ。本ののどのところは、アクリル板との湾曲具合がどうしてもずれるから文字がゆがむし、大きい本にのせればアクリルの端が重なったところの文字もゆがむ。でもそれ以外はとてもクリアで安定している。光の反射もない。モノとしても美しいし、かわいらしい。全体の重さは220グラムで、おおかたの本はそれをのせれば落ち着いて開いていてくれるんじゃないか。のせた状態でさっそくスマホで写真を撮ってみる。Googleレンズで読み込ませてみる。快適だ。ページを開くたびにこの板を置き換えることになるが、いろいろな不便を天秤にかけると、こういう目的があるのなら難儀ではない。

BOOK on BOOK には〈電子書籍にはない、紙と活字の本だけの楽しさを伝える、本を楽しむために〉という売り文句もあったようだ。まあこちらにそんなつもりはない。むしろ電子と紙をつなぐ透明の PAGE on BOOK とでも呼んでみたいなとか思っていたら、高橋昭八郎さんの「蝶」という作品を思い出した。詩集『ペ/ージ論』(構成:金澤一志 2009  思潮社)の「蝶」のページ(p18)を開いて、 BOOK on BOOK をのせてみる。おっと、最初の見開きの左右ページに一行ずつ配された文字にアクリルの端がちょうど重なる! 全3見開き6ページのこの作品、BOOK on BOOK をのせるたびに不本意にかもしだされたゆがみが、ページをめくる前のどこかを映す。固定された文字のゆらぎやためらいをのぞき見るみたいだ。昭八郎さんにそのことを言ってみたくなった。