製本、かい摘まみましては(29)

四釜裕子

「オペラ座のジオラマを一緒に作らない?」と八巻さん。ジオラマ? 何で作るの? オペラ座なんて外から見ただけで入ったことがないんだけど……。数日後、江戸前寿司を食べたあと八分咲きの桜の木の下で八巻さんが見せてくれたのはA4サイズの冊子。「これを切って貼って組み立てるのよ。どう? おもしろそうでしょ」。L’Instant Durableというフランスの会社が作るオペラ座(ガルニエ)の紙製建築模型組み立てキットといったところか。

縮尺は250分の1、正面から見て左右に分けた形で作り上げ、外側だけではなく一部は内部も組み立てられるようになっている。完成すれば38cm×63cm×高さ26cm。作り方と建物についてそれぞれごく簡単な説明が付され、のりしろには合番がふられているから作業はそれほど複雑ではないだろう。ある雑誌のオペラ座特集に、これを仕上げて載せようとのこと。冊子は片岡義男さんのものだからそのまま使うわけにはいかず、カラーコピーして持ち帰る。折しもBSで映画『オペラ座の怪人』を久しぶりに観る。

段取りを考えて、早速いくつか切り抜いてみる。パーツに分けると、ペーパークラフトとしての細やかな設計が際立つ。コピー用紙で、大丈夫だろうか。ボンドでうまく、貼れるだろうか。試しに、正面玄関の二階、レンガをアーチ状に組んだ天井部分を組み立ててみる。三枚を貼り合わせて立体がたちあがった瞬間に、ひしゃげてしまう。両面テープで張るにはのりしろが小さい。「八巻さん、これ、無理かも」「じゃあ裏貼りしようか」。ケント紙を貼って、やり直す。

裏貼りのおかげで紙に張りが出て伸びも防げたが、その厚みによって今度は折りがうまくいかない。へらを使って折り山をつぶすが、繊細な設計とは厚み分の誤差が出てしまう。のりしろが水色に塗られているので、はみ出ると目立つ。二等辺三角形を重ね貼りするようにして作るドームも、てっぺんに厚みが重なってうまくおさまらない。「どうしましょう」「気にしない気にしない」「そっか」「そうそう」。いい「加減」のチームだ。

それから週におよそ一度、顔を合わせて組み立てた。途中合番が見つからなければ誤植だと言いのけ、貼る相手が見つからないのりしろは切り捨て、紙幅が足りなくなればひっぱって伸ばして貼りもした。毎回やりはじめは二人とも気が遠くなっているが、慣れてくると「今日で完成かもね」、そうしてつごう4回の作業であった。最後に撮影の段になって、貼り忘れていた天井画の縁がやっぱり気になりもじもじしていると、カメラマンのあべさんが「両面テープでひっかけるようにしたら?」と抜群のアドバイス。ピンセットでそっと差し込み、シャガールの絵の縁にひっかけて、その粘着力があるうちにカメラにおさめていただいた。

全体を眺めてみると、正面入口から見て一番奥、そこは事務棟なのだろうか、屋根の部分は小さなパーツを複雑に組み合わせて貼らねばならず、えらく面倒だったのになんだか地味だ。できるだけ窓を多くとろうとしたのかただ増築を重ねただけなのか、中庭というにはあまりに狭い空間を囲む構造も、外側からはわからない。それに、一番大きな三角屋根に付けた小さな出窓はやっぱり謎だ。窓を開けても外が見えない。「オペラ座の蜂蜜」の蜂蜜の部屋か。あるいは鳩部屋? いったい、どんな部屋なんだろう。とにかく、遠目に見れば見事なオペラ座が完成だ。どんなふうに誌面に出るやら、不安だけどもう満足、なのであった。

撮影したその日、八巻さんがまたまた「こんなのがあるわよ」と取り出したのは桂離宮である。集文社刊、縮尺は100分の1、建物の説明は宮元健次さん、模型制作は小保方貴之さんだ。印刷は鮮明で、「敷地」として庭を描いた台紙も付いている。なにより気になるのは、クリーム色を帯びた「紙」。伸びにくく折り山がつきやすく、厚みはないけど張りがあって、きっとこのために開発された特殊な紙に違いない。これは試してみなくては。ただ、興を削がれる要素がふたつ。作り方の説明が丁寧過ぎること、表紙に「最後までがんばって模型づくりの楽しみをさらに深めてください。」とあること。集文社さんはよけいなことを言いなさる。