2022年2月1日(火)

水牛だより

きょうは偶然、春節。先月に続いて、明けましておめでとうございます。
とはいえ、世界はおめでたい方向に向かっているとは思えませんね。
1月1日はまだ冬でしたが、あれからひと月が過ぎた旧正月は春を含んでいるのを感じます。

「水牛のように」を2022年2月1日号に更新しました。
今月初登場の篠原恒木さんとは、ともに片岡義男さんの著書を編集していて知り合い、いろんなことを話すようになりました。かつてある有名な女性誌の編集長だった篠原さんはいつもおしゃれな身なりをしていて、お勤めにいくときだってスーツなんぞは着ないのです。でもそんな彼がたびたび職務質問を受けるということはなんとなくわかります。少数派の気配が色濃いので、怪しいというわけではないけれど、どことなく正体不明な感じがありますから。おれも水牛に書きたいな、と言われて、うれしくどうぞと即答しましたが、自分から水牛に書きたいと言うなんて、外見だけでなく中身もやっぱり少数派です。
そして、杉山洋一さんのしもた屋之噺は240回目になりました。おめでとう、と言いたいところですが、記念すべき今回も苦い内容です。これから何年かたって、まだ人類が生き延びていたら、杉山さんの20年にわたる日常の記録は、水牛などはもちろんのこと、杉山さん自身からも自由になって、人びとに届くのかもしれません。

杉山さんと仲宗根浩さんが触れている平井洋さんはわたしにとっても親しい人でした。自分が年齢をかさねるのに比例して、亡くなる人もふえてきます。体がなくなってしまうと、この世に残るのはスピリットだけ。それは物質のようには場所をとらないけれど、美しく積み重なって、わたしを取り囲んでいます。

それでは、来月もまた更新できますように!(八巻美恵)