「来月、サンディエゴに10日間行ける女性カメラマンを探してる人がいるけど、岡田さん行ける?」
4月はじめに知り合いのカメラマンから連絡がきた。同行するのはクライアントとカメラマンの男性二人、私はカメラマンのアシスタントという立場での仕事。アイ キャント スピーク イングリッシュの私がアメリカに行けるなんて! 英語が話せない私がアメリカで仕事ができるのか、そして長時間のフライトも体験したことがない。不安もありつつ、こんなありがたい機会はないのでその場で「行きます!」と返事をした。
アメリカでの10日間は、初日と最終日が移動日。最初の3日間は時差ボケを治すための日、最後の5日間が仕事。という日程だった。
初日
成田空港で、クライアントとカメラマンと合流した。二人ともJALのお得意様なので、ステータスを持った人しか入れないラウンジで搭乗時間まで寛ぐという。私もお二人のご厚意でファーストクラスラウンジに入れてもらった。テロテロの服に大きなリュックを背負った私は確実に浮いていたと自負している。
ファーストクラスラウンジは、とてもゆとりがあった。マッサージ機が置いてあるのに、誰も使っていない。大声で騒いでる人なんていない。靴を磨いてくれるサービスがある。寿司職人がカウンターで寿司を握っている。このお寿司がとても美味しく、3回おかわりした。
そして長時間のフライト。クライアントはファーストクラス。私とメインカメラマンは当たり前だがエコノミー。11時間も座りっぱなしなんて発狂したくなったらどうしよう…耐えらるか…
耐えられた。出された機内食をきっちり食べ、映画を見て、少し寝て、また起きてぼーっと映画を見る。到着した時には「もう着いてしまったのかぁ」と、少し寂しささえ感じるほどだった。
サンディエゴの空港での私にとって最大の難関、入国審査。この練習は場面別の英会話練習ができるケータイアプリをダウンロードして、何度もシュミレーションしてきた。私が呼ばれたのは太った黒人男性のカウンター。何を聞かれたかはよくわからなかった。聞き取れなかった。でも「How Long」そこだけはわかったので、「8デイズ」と答え、あとはニコニコして何とか乗り切った。
空港のロビーでクライアント、カメラマンと合流し、レンタカーを借りて宿に向けて出発。ここからは英語の話せる二人と一緒なので安心だ。サンディエゴの空気は乾燥していて、快適だった。空の色も日本より濃い気がする。
サンデイエゴの道を走っていて驚いたのは、とにかく道が広い。車線が何本もある! そして映画で見たことのある黄色いスクールバス! あちこちにあるアメリカ国旗! 仕事で来ているので、声には出さなかったが気持ちは高揚していた。
宿はホテルではなく、airB&Bの高級マンションの1室を3人で使った。3ベッドルームに広いキッチンとリビング、マンションの43階だった。海外に行き慣れているクライアントが「ホテルだと毎回外食になるし、疲れがとれない。ここなら自炊も洗濯もできるし、自分の家のように帰って来た気持ちになれる。」
たしかにその通りで、海外でありがちな食べ疲れもなく、体調を崩すこともなかった(ただ、生牡蠣を食べに行った日はクライアントだけお腹を下していたが)。
ここから8日間、私たちは朝起きてから夜に自分のベッドルームに引き返すまでずっと一緒に行動することになる。 …息苦しくなるかもしれない…この2人を家族だと思い込むしかない…そう心に決めた。
荷物を部屋においたら、まずは当面の食料の買い出し。憧れていた海外のスーパーマーケット! カラフルな野菜がギッシリと並べられている。そして牛乳のボトルの大きさ! バケツのようなアイス! その場で絞り出すピーナツバター! カラフルすぎるグミ!
映画で見てきた世界に気持ちが高ぶる。今回のアメリカで一番楽しかったのはスーパーマーケットだったかもしれない。
マンションでの料理はメインカメラマンが担当、私は洗い物と洗濯係。仕事の時もおにぎりを握っていくというので、カメラマンが3キロのお米をスーツケースに入れて日本から持って来ていた。サンディエゴ1日目は買い出し、荷物の整理をして終わった。
2日目
アナハイムまで大谷翔平選手を観に行った。17時の開場前から観客たちがゲートの前に並ぶ。まだ16時半だというのに大勢の観客がいるのを見て、クライアントが「この人たちは仕事していないのか?」と、ボソっと言った。エンゼルスでも大谷翔平人気は高く、日本人の私たちとすれ違う時に「OOTANI! OOTANI!」とハイタッチをしてくれる人が何人もいた。
試合は19時からだったので、17時に入った私たちは大谷選手の練習を見ることができた。私の隣で練習を見ていたハーフの(後ろに日本人のお父さんが立っていたのでアメリカ人とのハーフだと思う)女の子は、「大谷ー! 大谷ー! サインちょうだい!」と大絶叫。顔を見ると目に涙を浮かべていた。日本語で「大谷選手に恋してるんですね?」と聞くと、「恋です!」と返ってきた。その時はサインをもらえなかったが、あの子がいつかサインでも握手でもしてもらたらなぁと思う。
試合開始になると、平日なのに観客席はほぼ満席だった。私たちの席は1階の1番後ろの席。せっかくなら大谷選手の写真を一番前まで行って撮りたいが、そのブロックに行くにはガードマンがチケットをチェックしているため勇気が出ない。しかし大谷選手の打順前にガードマンがいなくなった。その隙に一番前のブロックに降りて行き、一応遠慮して3列目の階段でシャッターを切っていた。ところが見回りに来たガードマンに見つかってしまい「怒られる…ここはアイ キャント スピーク イングリッシュでごまかそう…!」と頭をフル回転させていたのだが、ガードマンは「大谷だろ? 一番前で撮れよ」と言ってくれた(いや、英語がわからないので本当のことはわからないが、そう言ってくれたと信じている)。その言葉に甘えて一番前まで行くと、今度は一番前の席に座っている地元のおじさんが、「ここの席に座って撮れば?(これも私の勝手な解釈かもしれない)」と、席を譲ってくれようとまでしてくれた。
大谷選手のおかげで、みな日本人にとても優しかった。エンゼルスは負けてしまったが、大谷選手が最後の打席でホームランを打った。ホームランを観れたことも嬉しかったが、それ以上に地元の人の優しさがとても嬉しかった。
3日目
私が行きたかったラホヤのビーチに連れて行ってもらった。野生のアザラシを間近で見られる海岸だ。アザラシは想像以上にたくさんいて、普段なら触れるくらいまで近付けられるそう。この時は波が高くて近づけなかったが、いつかアザラシを撫でてみたい。
その帰りに寄ったmeat shopで衝撃を受けた。同じパンが長いショーケースの前にズラッと大量に並べられている。このパンは賞味期限内にさばけるのか…?
この写真を日本に帰ってきてから片岡義男先生に写真を見せた。片岡先生いわく「賞味期限なんて気にしてないね。もしかしたら創業当時からずっとあるかもしれない」と、恐ろしいことをおっしゃっていた。
4日目から8日目
いよいよ仕事。
朝6時に起き、まず昼食用のおにぎりのために鍋でお米を炊く。朝ごはんを食べ、身支度をし、おにぎりを握って出発。マンションから仕事場まではシェアサイクルを利用した。日本のシェアサイクルのように決まった場所に自転車が集められているわけではなく、あちこちに乗り捨てられている。うまくいけばマンションを出て3台一度に見つかるが、そうでない時の方が多い。仕事場に徒歩で向かいつつ、一台ずつ確保していく。スーツ姿の大人3人が一列になって黄色い小型自転車で走る姿は滑稽だったと思う。
仕事の内容は難しいものではなく、私のネックは英語が話せないこと。しかし皆さんとてもやさしく「This…How…」を駆使して必死で喋る私の英語に一生懸命耳を傾けてくれ、私のレベルに合わせて答えてくれた。私が話しかけたアメリカ人全員がやさしかった。嫌な顔なんてされなかった。
私たちは初日から最終日までずっと一緒に行動していた。私が写真を撮りたくて、「一人で街を散歩してこようと思います。」と言っても「外に出るの? そしたら俺たちも行くよ」と。
海外に慣れていない私を心配してくれてのことだが、本当に自由時間がなかった。だから写真も走る車の中から撮ったもの、マンションのバルコニーから見える景色、たまの外食の際に撮ったもの。これしかない。
しかし心配していた「息苦しさ」は感じなかった。共同生活も終盤になると、夜は3人で大きなソファーに座り、TVの野球中継やミスコンを見てくつろいだ。そんなに仲良くなったのに、日本に帰ってきてからは一度も連絡を取っていない。でもまた会えばあの時の連体感にすぐ戻れるような気がする。8月末も同じメンバーでドイツへ出張に行く予定だったが、ドイツの話は無くなったと今朝連絡がきた。残念。
最終日
帰りの空港で、一人床で寝ている男性を見た。倒れているのではない。ヘッドフォンをし、スマートフォンを空港のコンセントで勝手に充電し、完全に寝る体勢をとっているのだ。私が珍しがって写真を撮っているのを逆に周りの人が珍しそうに見ていた。アメリカではよくある光景なのかもしれない。人の目を気にしないその姿勢、私も見習いたいと思った。
私が初めてのアメリカで知ったことは、アメリカは英語が話せなくても親切にしてくれる。アメリカの肥満は日本の肥満の比じゃない。そして日本のご飯がいかに美味しいかということ。野菜も果物も、日本の方が味が濃い。料理の味付けも深みがある(それを当たり前だと思っていた)。お菓子もケーキもどれを買っても失敗しない。日本の食事の素晴らしさに気付き、日本に帰ってきて1週間で2キロも太ってしまった。片岡先生にこのことを伝えると笑ってくださったので、太ったこともまぁ良しとする。